監督のキャメロン・クロウさんは、10代のときに本当にローリング・ストーン誌のライターをしていた人。 この映画は、その頃の体験をもとにした、半自伝的な作品です。 若き日の自分自身を投影した主人公ウィリアム(パトリック・フュジットさん)が、 架空のロックバンド「Stillwater」に密着取材するため、ツアーに同行することになる。
正直に言うと、序盤はずっと「青春映画にしては地味かも」と思いながら見ていました(笑)。 でも、ある一曲が流れた瞬間、その印象は丸ごとひっくり返ります。
バンドの仲たがいと、終わりの見えないツアーの疲労で、車内には重苦しい沈黙が流れている。 誰も口を開かない、気まずいバスの移動シーン。 そこに、エルトン・ジョンの「Tiny Dancer」が静かに流れ出す。
すると、何が起きたか。 気まずさが嘘だったかのように、メンバーが一人、また一人と歌詞を口ずさみ始め、 最後にはバス全体がひとつの大合唱になる。 言葉では仲直りできなかった人間たちが、たった一曲のメロディで、すっと一つに戻っていく。 音楽が人と人をつなぐ瞬間を、これほど鮮やかに見せた場面を、私はあまり知りません。 あの一体感だけは、配信ではなく劇場の大画面と大音量で味わいたかった——本気でそう悔しくなった場面です。
監督のキャメロン・クロウさん自身も、このシーンを「映画の魂」と呼んでいるそうです。 さらに面白いのは、「Tiny Dancer」自体は1971年の発表当時、ビルボード41位止まりで決してヒット曲ではなかったということ。 それが、この映画によって一夜にして「代表曲」として蘇った。 エルトン・ジョン本人も「あのシーンが、この曲を代表曲にした」と語っているほどです。 一本の映画が、一曲の運命を変えてしまうことがある——それを証明したシーンでした。
サントラには、レッド・ツェッペリン、ザ・フー、サイモン&ガーファンクル、デヴィッド・ボウイなど、 通常はライセンスがほとんど不可能と言われる70年代ロックの名曲がずらりと並びます。 本物の時代の空気を、本物の音で鳴らす。 だからこそ、あのバスのシーンが、あれほどの説得力を持って胸に刺さるのだと思います。
本作は劇伴のオリジナルスコアではなく、実在の70年代ロックの名曲群を主軸に構成されている。 レッド・ツェッペリン、ザ・フー、サイモン&ガーファンクル、デヴィッド・ボウイなど、 通常はライセンス交渉が極めて困難な楽曲が集結したサントラは、グラミー賞を受賞。 本作自体もアカデミー脚本賞を受賞している、音楽と物語が高い次元で噛み合った一本だ。
険悪な空気が漂うツアーバスの中、誰かがそっとこの曲をかける。 メンバーが一人ずつ口ずさみ始め、最後はバス全体の大合唱になる。 言葉で解決できなかった対立を、メロディがふっと溶かしてしまう—— 監督自身が「映画の魂」と呼ぶ、音楽の力を証明する場面。
劇中バンド「Stillwater」のために書き下ろされた楽曲群。 実在の70年代ロックバンドと並べても違和感のない説得力を持っており、 「架空のバンドを本物に見せる」という、音楽映画ならではの仕掛けが効いている。
通常ならライセンス取得が極めて難しいとされる楽曲が惜しみなく投入されている。 本物の時代の空気を、本物の音で鳴らす——その贅沢さが、 ノスタルジーではなく「その時代に生きている感覚」を観客に与えてくれる。